[古賀市の歴史][ホーム]

長崎先生って

-----
etsuko井上さんが、nagasaki長崎初男先生のところに行って来ました。
父に、「長崎先生のところに行って来まーす」というと、「長崎先生は、宗中2回生で、ワシは10回生やったもんね」とか いいました。
「え?お父さんより8歳も年上なの?」
ちなみに父は81歳です。どこまでお話が伺えるかなと思いながらお宅を訪問しましたら、なんと、ここまで矍鑠と出来るのかという感じなのです。
20年以上、「古賀の今と昔」の歴史講座をもっていらっしゃいます。
それが、文献に基ずいて、とても詳しいのです。年号や土地の名前などすらすら。
物部氏の話、「聖徳太子は知っていますか?」とか言われてしまいました。
3000年くらい前から、古賀には、人類が住んでいて、例えば、長崎先生の家系は、お宮の古墳から、1500年まえから、たどれるとのことなのです。
川が渇水して、砂利が見えているが、その下には、埋没水が流れている川を、大根川と一般にいうそうで、全国的にあります とか言われました。
是非、よかくさ古賀のホームページに「古賀の今と昔」をと お願いしてみました。
佐賀藩、や黒田藩が青柳を宿場とした、唐津街道のこと。
近い歴史では、往還道路(旧国道3号線)が明治のはじめに、続いて明治23年に鉄道ができて、小松屋旅館ができたとか。
縄文時代から、現代まで古賀の歴史が流れるように、語られます。
リクエストや載せたいことがあったらおしゃべり掲示板に書いてね。


作成:櫻井裕子(yukos@land.linkclub.or.jp)