[古賀市の歴史]
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史跡に残るこがの歴史から
古賀市薦野1863の1
祭神:
大己貴神(おおなむちのかみ)
すさのおの神
少彦名神(すくなひこのかみ)
氏子:
薦野、米多比
木造彫刻:
本殿の木造彫刻は 平成3年(1991)市の文化財です。 手挾みの飛天像、妻飾りの竜などの彫刻は 古賀市で一番と言われています。
梵鐘 (戦後所在不明):
天降神社の鐘は、戦後のどさくさでなくなってしまいましたが、「太宰管内志」や「筑前国続風土記拾遺」にもその銘文が記されています。
この鐘の願主は 米多比家または薦野家から鞍手郡へお嫁にいった女性で1537年、当時の有名な金工の大江宣秀が製作した鐘でした。
薦野氏は文化的にも進んだ士族で、清瀧寺と天降神社を支えました。
一の鳥居:
一の鳥居の額は1705年の寄進で、「天降宮」と篆書で記されています。
天降神社 (I)
天降神社 (II)
古賀の風景
:
一の鳥居の額は「天降神社」じゃなくて「天降宮」となっていますね。
:
「神社」というのは明治になってからです。
:
天降神社は、最初 近くの古野にあったけど、そこは火事になり、薦野に以前から奉られていた十一面観音菩薩のところに奉られたのですか?
(仏教の奉られている地に,神道の神様が入られたのか?)
:
そうですね。
:
仏教は紀元前5世紀ごろ生まれてますが、日本の神様より早いのでしょうか。
(すみません、長崎先生、変な質問で)
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作成:
櫻井裕子(yukos@land.linkclub.or.jp)