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谷山光徳寺廃寺

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谷山の公民館と八幡宮の間の道を行くと、谷山川に出ます。
左側に薬師堂があります。
その一帯をコウトクジと呼んでいます。

谷山に「光徳寺」があったらしいということは幾つかのことから推測されています。

一つは、慶長7年(1602)の「谷山村検地帳」に「光徳寺」所有の田方、畠方の記載があることです。

そして、薬師堂には薬師如来のほかに、日光、月光の両菩薩、十ニ神将がいられるが、その厨子には棟札があり、銘に、
正徳四年甲午暦
光徳寺現住沙門 紹侖

などとあることから、正徳四年(1714)までは、光徳寺がそこに存在していたことを証しています。

また、「筑前国続風土記附録」のころにはコウトクジという地名になっていたし、洪水で流されたという土地の言い伝えになっています。
享保6年(1721)の大雨洪水ではないかという推測もあります。

「れきしのアルバム」 H.9.4.1 古賀町教育委員会発行参照


長崎先生を 北園さん、照屋さんに紹介すると、
nagasaki
井上さんは大したものです。よう勉強されています。
最初はお寺も神社も分からなかったのですよ。
(井上: それはそうですけど....。(>_<) )

11月の小さな歴史講座の感想から
照屋さん
北園さん
[古賀市歴史探訪 谷山光徳寺廃寺]古賀の風景

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作成:櫻井裕子(yukos@land.linkclub.or.jp)