矢野 順治
ゴミ焼却場について
ゴミを出している人がいる以上、又ゴミ減量を行っても最終処理は埋立て以外焼却しか今のところみつからない現実がある。
しかしこれには反対者が結構多い、その理由は焼却過程に発生する猛毒ダイオキシンが原因となっている。確かにその害については種々のデータがそれを物語っている。しかし呱々で考えなければと思うのは今までのダイオキシンによる公害のデータは、ダイオキシンに対する国の無策の時代に発生したものであり、これについては国の責任は大いに問うべきである。
しかしダイオキシンの害が浮きぼりなるにつれ、いかに焼却施設でダイオキシン発生を押さえるかの研究が各メーカーで進められ現在の測定値では国の基準を大きく下回る0.01以下の測定がなされている。むしろ個人でたばこ1本吸った方が云々との話もある位ダイオキシン発生は押さえられている。ゴミ焼却場が設置されたその地域の地価が下がり、野菜も米も食えなくなるとの話がとびかっているが今全国数百カ所のゴミ焼却施設が稼働している。それが事実とすれば日本国内の海産物や農産物の大半は汚染され市街地の価格は下落し食べるものも産地の所在地を明確にし焼却場から何キロメーターの所と表示すべきである。今日本は、世界に誇る長寿国で、これを維持する為にもあらゆる公害発生を防止する努力はかくことのできない国の努めである。
しかしあまりにも神経を使いすぎ、焼却場絶対拒否の態度に固持する事は共同社会を形成している人間としてどうかと思う。
ゴミ焼却場が建設され数十年、福間町のお世話になりながら何らの感謝の意を表すこと事なくゴミを毎日当たり前の様に出してきたそのことに対しての反省も必要ではないかと思う。自らだすゴミ、し尿は自ら処理する事が本来の姿である。しかし個人で処理する事が果たして公害を出さないと断言出来る人はいない。皆でお金を出し合ってよりよい施設を作りより少ない公害発生のために知恵を出しあってより豊かな社会を創造していくのが子孫に対する我々の役目であり努めである。
自分の所にさえなければそれで良しとする考えがあるとするならば共同社会、民主的社会は成り立たない、それではどうすれば良いか、公害発生の要素を含んだ施設は必ずどこかに作らなければならない。その為には、その地域の住民の厳しい監視体制が必要である。
古賀市にあるし尿処理上に対して地元住民と市長、助役、議会議長、議員、環境課との官民一体となった対策委員会が十数年前に結成され2ヶ月に1回会合が開かれ処理に関するデータが分析し向4ヶ月に1回周辺大気の臭気測定を専門業者が議員や地元民立会の許で行われており俗に迷惑施設といわれている処理場管理が厳しく運営されすぐ隣は食品工業団地となっており近隣からの苦情があってない事である。この姿を大いに参考にすべきと思う。市行政責任の重大性もさる事ながら住民の行政参加を積極的に進めることが今我々に課せられた問題ではないかと思う。
よかくさ古賀にて行政に対して御配慮本当にありがとうございます。ついアンケートのお答えがおそくなり真に申し訳ありません。今後とも議員にたいしての注文、御提案をどしどしお願いしたいと思っています。
玄望園の所にある廃車解体施設から油鉛の流出が心配されます。そちらの方に懸命にとりくんでいます。県の対応が今ひとつです。今後ともよろしくお願いします。