十三番札所御本尊 十一面観音菩薩 古賀市 新原 中ノ坪691 |
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聖武天皇の天平十一年(739)、行基筑前大宰府下向の折、観音像を刻み伝教大師により堂宇をここに造営されしも天平十四年(742)兵火により焼失。その後村民により堂宇を再興し信仰を聚む。以後年代を重ね維持存続せり。 昭和初年の台風により、老松倒壊し堂宇破壊、ために浄土院境内薬師堂に尊像を移せり。昭和三十三年に至り堂宇を再建し尊像を安置す。現尊像は十一面観音六尺立像にして、胸中に一寸八分の像を納と言えり。堂宇の前に川あり、乳池と呼びこの溝をさらえて祈願すれば、育児の母乳を授かり霊験あらたかなるにより古来より遠近の参詣者多し。 又続風土記付録によれば堂宇の前、周り一丈一尺の地を御影松と称しその昔神功皇后松の木の元、このところにて踞(しりうたげ)(膝を立てて座す)給うと伝説をのこしおれり、との記述があるが、現在はその面影は皆無である。 |
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